なぜ占いが発達し今も使われているの?

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ここで当ブログと、その提供者の「占い」に関してのスタンスや考え方をまとめて、ひとつ提示しておきたいと思います。※長いです。

占いとは何でしょうか? そもそも当たるとか当たらないとか、それが嘘だとか、信じないとか、科学だとか科学ではないとか、いろいろな評価がある方法です。そして、しばしば占いも、占い師も胡散臭いものである、なんて断じられてしまうことがあります。つい最近も有吉弘行さんが占いに対して、強い拒否反応を示していました。

しかし、そんな賛否ある人々の反応に対して、占いは世の中に広く浸透しています。雑誌で、TVで、神社仏閣で、現代社会において、実は「占いを見ない日」というのは、無いんじゃないでしょうか?そもそも、なぜそんな曖昧なものが、広く人々に親しまれているのでしょう?

占いを信じるヒトは騙されている? 科学を信じず、オカルトめいたものを信望する浅はかな者である? 或いは、バーナム効果という話や、コールドリーディングという話もあります。これも間違いではありませんが、それは話法や思考誘導の一種であって、占いのすべてではありません。私が今理解している回答は、とてもシンプルなものです。

占いとは「ヒトが編み出した世界の認知手法であり思考法」です。

当たる、当たらないという話も、予言もオカルトも、この認知法・思考法という考え方ですべて説明出来るものだと思っています。人によっては、この認知法や思考法である、という回答は何の意外性もない、当たり前の話かもしれません。ですが、それだけではよく分からに人もいるでしょう。

続いて、認知や思考というのが人にとっていかに重要で豊かで、すばらしいものであるのか、最近の学説をベースに説明したいと思います。

認知と共有の能力

つい数年前、ユヴァル・ノア・ハラリというイスラエルの歴史学者さんがサピエンス全史という本を出版しました。タイトルを聞いたことがある人もいると思います。この本によると、人を人たらしめている能力の一つに認知力というのがあるといいます。そしてそれは、人がサルから人へと進化する際に、敵対するサルの勢力を淘汰するために、絶大な力を発揮したのだといいます。

簡単に説明します。人もサルも群れを作る生き物ですが、実は群れとして集まることの出来る個体数というのは──サルには限界があるのだそうです。およそ500匹がその頭数の上限で、それを超えると必ず2つに群れに分かれて争いをはじめるんだとか。これはつまり、同じ仲間である、という認識ができなくなる限界なのだといいます。

しかし一方で、人の群れはどうでしょう? われわれの日本のうち同一民族であると自覚しているのはおよそ1億2000万人います。これがアメリカなら3億、中国なら10億を超えますよね。そして、喧嘩はありますが、それぞれいちおう同じ仲間である、という認識があります。実はここに認知力が大きく関わっているのです。

人は、いままで一度も会ったことのない人であっても、共通の宗教なり概念なりを信仰していることが確認できれば「同じ価値観をもった仲間である」と認識できるんです。その力は人だけの能力で、これがあるおかげで、例えば原始時代の新人類は全く会ったことのない部族どおしが集まって群れとして一緒に行動することが出来たのだそうです。これは戦や交易で効果を発揮します。大多数を動員し、信頼しあい、コミュニケーションを取ることが出来た。しかし一方で、ネアンデルタール人にはこれが出来なかった。だから、彼等は新人類に淘汰吸収されてしまったんです。これはヒトの認知革命の結果である、というのがサピエンス全史にかかれている見識です。

さて、コレがどう占いに繋がるのでしょうか?

良くわからないものを強引に解説&共有する力

人の認知革命は、付帯してあるメリットを持ち込みました。それは、平たく言えば「世界についてのよくわからないことを、勝手に定義して体系化し解釈する力」です。例えば、世の中の超自然的な出来事は、神様の力ってことでいいよね? という、定義をし始めたんです。原始宗教の誕生ですね。

宗教は人だけが持つ特別な力です。宗教が人が知恵をもって生活するにあたって、その時よく分かっていない事になんとなく意味を与えて、体系化することで発達しました。

「この木はよく育ちとても興味深い。今日からこの大きな木は私達のシンボルです。神様にしましょう」「へえ、いいねそれ」「昨日の地震は、君が魚を撮りすぎたんで、大地が怒ったんです」「うんそうかも、きっとそうに違いない」

中には、今では一笑に付されてしまうような話もあるかもしれません。ですが、科学のない時代は、よくわからないことを説明するために、イマジネーション豊かに、自然の事象について様々な事が言われたであろうことは想像に難くありませんね。

そして──やがてそれは、人類の中で頭の良い人たちによって、矛盾を潰されて筋の通った理屈をつけ始められます。すなわち、神様であればその存在と理屈。さらには、そこから科学的な物事の見方も発達しました。気付いていると思いますが、こういうものは占いの源流にありますよね。例えば東洋占いにおいて「陰陽」は宇宙を表す思想です。宗教、シャーマニズム、原初のサイエンス。よくわからないものを解説するヒトの持つ認知の力によって、それらは少しづつ体系化されてきました。

ですが一方で、こんな意見も聞こえてきそうです「でも、そんなに古い物だというのなら、今だと全く科学的じゃないし信用できないじゃないか?」と。

そう思えるのも致し方ありません。しかし、こちらからも改めて質問があります。占いが科学でないことは、みなさんなんとなく分かっていますが──ではなぜ「占い」は廃れなかったのですか?

認知によって慣習から科学へ

世の中には科学では補いきれていないことが多くあります。そして、そういうものは、未だに宗教が代わりに助けをくれます。人が死んだ悲しみは、仏教であれば初七日法要、四十九日法要といって、死者を供養することで、精神的に落ち着きを取り戻します。厳密にはその癒やしのプロセスは科学的に説明できるものでしょうが、その成り立ちは慣習によるものです。

そもそも、この科学というもは慣習や宗教とセットのものでした。そして、その時々で新しい発見がなされるたびに、分類や体系を変化させてきました。エーテルは存在せず、万物は引力を持ち、地球は太陽のまわりをまわっていて、あらゆる物体は光速を超える事ができない。まだ原子という概念がなかったとき、科学は万物を地水火風の4つに分類したり、木火土金水の5つに分類したりしていました。人というのは、その時々の思考法や概念作成能力で──認知力でもって、物事を強引に説明して、納得して世界を回してきたのです。物事の認知把握が、今では慣習やオカルトや宗教から一時的に切り離されているだけに過ぎません。

そして人々は今も変わらず「科学的にも良くわからないものは」「とりあえず神のせい(神のみぞ知る)」にしておこう、なんて事にしばしばなります。そこにはヒトの都合の良い認知の力が依然として作用しています。そして占も、宗教や慣習と同じ様に、そういった「都合のよい認知力」を持ち続けている一つです。

フレーミング効果という考え方

心理学の考え方に「フレーミング効果」というものがあります。これは、もともとは物事の注目すべき箇所を意図してコントロールすることで、人の意思決定や判断を操ることが出来る、という学説です。

私はこれをちょっと拡大解釈していて、上手く使うことで解釈や論理展開にまで影響を及ぼす心理効果を発揮できると考えています。ようするにフレーミングの「注目する」「枠組みにおさめる」という概念のパッケージ力とその効果によって、認知バイアスを起こさせるんですね。実は、このフレーミングという行いは、科学や宗教、言語、それから人の発想方法と深く関わっているんだと思っています。

たとえば、原子が発見される前は、万物は四大元素や木火土金水(陰陽五行)という言葉によってフレーミングされていました。それによって世界が解説されていた。しかし原子が発見されてからは世界は原子で出来ているとフレーミングされており、今はそっちが主流です。ようするに、万物をどう分けるのかという分類=フレーミングは、その時々によって都合よく変化してきたのだと理解してください。そして、その定義は、その時々でそれなりにちゃんと機能をしていました。

そして「占い」もフレーミングという観点で見ると、全く同じ効果をもった思考法であると言えるんです。

たとえば占星術なら、まだ人やその分類が良くわからない時代に、人や物事の性質を10天体や12の太陽星座にとりあえず分けちゃったんです。思考や情報が早い、情熱的で美しい、攻撃的で熱い、物静かで思慮に富む・・・・・・等々、一通りのすべてを人や物の性質になぞらえて考えることが出来る分類を作った。

意味を作り出す行為

ここで、大事なのは、それが合っている間違っているかではなくて、解釈をつけたことにあります。世の中の物事って大枠10天体と12星座に分けると、こんな感じですよね?と。これはようするにフレーミングです。

この分類が終わると次に何が起きるのかというと──

「私はその分類のうちの1つで合っている(当たっている)」

「私は合っていない(当たっていない)」

というズレですね。ほら占いは当たらないではないか──いえいえ、そうではないのです。フレーミングをしなければ、まず自分が何者であるか判断が付かなかった事、そして次に、それを他人と共有して話が出来なかった事に注目してください。

つまりはフレーミングをする(星座占いの一つの性質をまず決めてみる)ことで、人は初めて自分の位置を確かめて、他人とのズレを確認できるんです。ここで占いの結果が外れていても問題ありません。自分がどうズレているのかを、初めに定義し、自覚することのほうが、実は大事なことなんです。

ちなみに、この「人を性質や性格で分類する」という試みは、科学ではあまり扱っていないんですよね。いちおう、エニアグラムタイプというのはありますが、あれ科学ですかね? どちらかというと心理学の、しかもより不確かな領域のものですよね。それこそ占いと変わらないレベルの。

さて、ここで思い出してください。人が身につけている認知力について。

占いは認知法であり思考法

認知革命というものがあり、それは「世界についてのよくわからないことを、勝手に定義して体系化し解釈する力」であると、定義したと思います。これは要するにフレーミングです。

そして科学にはまだ(ナンセンスであり科学的ではないから)分類が出来ない「人の性質」というがあります。でも、わからないより定義してしまったほうがどうやら便利なこともあるらしい。基準が無いと話もできないし、そこから何も考えることが出来ない。なら、たとえば占星術という天体の組み合わせになぞらえて人や物事の性質を分けちゃいましょう。そうすれば、当たっていようが外れていようが、それを基準に物事を判断することが出来るようになる。

これが占いは「ヒトが編み出した世界の認知手法であり思考法」である、といった理由の答えです。

占いは、科学ではまだ説明しきれていない(別にやる必用もないしやりたいとも思っていない)曖昧な領域を補完しているんです。一応、心理学は大枠の人間全体の生理的・感情的な性質は分類していますが、個体の曖昧な差分については定義していません。明確にパターンに分けることもしていません。文化人類学とかもそうです。細かくはあるのですが、幅広い意味でもってヒトの性格や性質を12種類に分けることをあまりしません。でも、分けたほうが面白い。理解も深まる。何よりもAとBの比較がしやすくなる。たとえそれが非科学的であっても。しかし、曖昧なものというのは実は、世には今でもたくさんある。

そして、占いというのは、ある種の宗教概念と同じ様に、そういう物を体系化してそれっぽく位置だったり意味だったり価値だったりを確認するのに、とても便利なんです。だから、未だに廃れないんです。

じゃあ予言とかタロットって何?

性格診断はフレーミングとその分類手法によって納得できそうですね。ではタロットや予言系の占いはどうでしょう? これも、フレーミングと認知や思考法という話で説明できます。たとえばタロットリーディングをする時、人はまず悩みを定義しますよね。

「彼の気持ちがわかりません。彼は何を考えていますか?」それに対して、タロットの結果は「愚者の逆位置」でした。意味は「幻滅、愚考、失敗、陳腐……」等等「彼はあなたに対してネガティブな考えを抱きネガティブな存在であるようです」と占い師さんが言いました。あなたは反応します。「えー、そうなんですか?どうすれば?」「ここはポジティブに振る舞いましょう。そうすれば関係がうまくいくかも知れません」

さて、実際の彼がどうだったか? ネガティブであれば、占いは当たっていますね。ポジティブであれば、結果オーライです。ですが、そのどちらに対しても、診断者は「ポジティブに振る舞おう」と心がけました。そこには行動の指針を得て動いた、という事実があります。

その人がまず自分の悩みをフレーミングし、タロットが結果を”適当に”フレーミングして返した。その結果判断を下したことによって成されたものです。つまりは、行動は双方のフレーミングがなければ生まれなかった。これが、タロットの認知や思考法を助ける、という役割の一つを表しています。タロットというツールを使い、悩みを客観視し、視点や考えのきっかけにちゃんとしているんですよね。

そして予言について──こちらでは、予言者が予言すべき内容をまずフレーミングします。何かの占いを使うかどうかは置いておいたとしても──「予言する」という行為が問題の相対化と認知を促している。物事は誰かが定義しないと進まないのです。そして、科学が根拠として使えないなら、そうでないものを使ったというだけのことです。

この「予測を立てて踏み出す」というのは、全く非科学的な側面がありながらも、実は非常に深い意味を持ちます。「予言をする」と宣言した人物は、その責任と儀式でもって、人の知覚認知と行動に大きな影響を与えることになるのです。時に間違うこともありますが、科学が使えないならしょうがないじゃないですか? 行動しないよりもマシというものです。

占いは認知や思考の拠点づくり

つまりは、占いやそれに類するスピリチュアルな事柄というのは、すべて「思考の拠点づくり」なんです。

ですから、逆に科学的根拠や自分なりの判断基準がある場合は、別に占いは必用ないのです。科学や経験、実績に基づいて、どうすべきかわかっているんですから。それはしばしば男性が占いを必用としない理由になります。

一方で、曖昧でどこに基準を作ったらよいかわからない出来事、科学でも説明しづらいことに対しては、占いは効果を発揮します。とりあえず定義してくれるんです。フレーミング出来てしまう。

しばしば女性が占いを好むのは、女性というのは世の中において厳密に定義されている事以外の事柄を相手にしていることが多いからです。相手の気持ちに依存し、他者に多く依存する未来、女性の方が白黒つけがたい状況に置かれることが多いんですよね。

一方の男子が相対しているのは、仕事でも人間関係でも、だいたい科学的に解明されたロジカルなものがほとんどで、身体を動かせば解決します。だから、女子は占いをよく使い、男子はあまり占いを必用としない。ちなみに男子も、科学的ではないことを「神に頼む」のはみなさんもご存知のとおりですね。

占いは、科学が発達した現在でも、説明しきれない曖昧な領域があるかぎり使われ続けます。占いは、思考法の一つとして、人類の素晴らしい認知力を上手く使うために生み出された発明なのです。

概ね、以上のようなお話が、私が占いについて考えている事「占いの存在理由」になります。もちろん、この範囲に収まらない事柄もあると思いますが、だいたい、今の話で占いの有用さが説明できると私は思っています。

幸花✿サイカについて

当サイトはそんな判断基準に基づいて、占いやスピリチュアルといったものを人の認知にあわせて正しく上手く扱ってゆくことを考えています。今後の指針として、一つ皆様の役に立つことができれば幸いです。

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